去る3月20日(木)に「お葬式セミナー」と題して、葬儀の歴史的背景と移り変わり、また「誰のために葬儀・告別式はあるのか。信州松本の神宮寺・高橋卓志住職の試みを通じてセミナーを開催しました。
高橋卓志師は、「仏教の葬送儀礼の中にも死者を遠ざけ、死を忌み嫌う民間の風潮が入りこんできている『エンドステージ』を共に感じ共に苦しむ(共感共苦)ことが寺の役割であるはず」と言われています。ここで言う『エンドステージ』とは、終幕。死を自ら考え自らイメージして人生のエンドステージのシナリオを※ライフデザインノートや遺書に書く(生前に本人の意思を明記し、自分の死後のデザインを自らが考えられるようにできている・遺書)ことの大切さを述べておられます。
※(生前に本人の意思を明記し、自分の死後のデザインを自らが考えられるようにできているノート)
これは、具体的には生前準備という事になりますが、本人の満足感を充足し、遺族の精神的な負担までも減少することに繋がります。またこれに付随して、エンディングセンター代表井上治代氏『墓を巡る家族論』の中で死者の人権について述べる「一人の人間の生き様の延長線上に自分らしく死ぬための自己決定権があってもいいように思う。「死者の人権」を守るための協力もまた必要なことではないか。」と述べられています。
私が最も適切だと考えるのは「遺族が故人を弔うことをさまざまな形で支援すること」。故人が100人いれば100通りの弔い方があっていいはずです。弔いの主体であるそれぞれの遺族の心に寄り添っていくこと。それは単に相手の希望する葬式形態をたずねるだけではないく、むしろ遺族の心の底にある想いをどれだけ感じとれるかが大切になります。そのためにも故人が生前に(ライフデザインノートや遺書)などを遺していただくことを強く望みます。また、それを通じて「今この時」にフィードバックして人生をさらに充実させることができると信じます。
私はご縁のあるお檀家さんはすべて「家族」だと想っています。家族であるがゆえに生前から沢山おつき合いをしたいと思っていますし、だからこそ故人が願う、また遺族が望む100通りの葬儀を行ないたいと思います。
大切な人との別れと言う現実の中で、その喪失感からの立ち直りは、容易な事ではありません。その様な中、傷ついた人が、故人の想いを感じることができ、いつまでも身近にいてくれるのだと信じれることで、心癒され立ち直りのきっかけを掴めるのであれば、宗教的な認識を差し挟む必要のないものであり、むしろ素直に癒される感情を大切にする事のほうが、重要なのかもしれません。また、それに加えて身近な人の死から、人が生きるということ、死ぬということをしっかりと捉え、豊かに生きていくための術を見出そうとする。悲嘆からの立ち直りのプロセスから心の成長を学ぶ事ができれば、故人から与えられた大きな功徳でもあるのでしょう。
合掌 副
平成二十年三月 春彼岸中日