寺子屋講演会 南直哉さん『恐山と魂のゆくえ』。

今年最初の、寺子屋講演会 恐山院代 南直哉さん講演会『『恐山と魂のゆくえ』が終了しました。 わざわざ青森県下北半島からおいでくださり、永平寺で大変お世話になった南さんにお会いできて感慨深かった。


お坊さん、私は死んだら良いところへ行けますか?」とたずねる95歳のおばあちゃん。 「ぼくこらからひきこもろうと思うんですけど、どう思いますか?」と不条理な相談をもちかける学生。 「死んだ息子にどうしても会いたい」と漏らす母親。。。

本州最北端の霊場、恐山。古くから「死者と出会う場所」として知られ、訪れる人が後をたたない。 さまざまに欠落を抱え、悩み、戸惑う人々。なぜ、多くの人々がこの辺境にまで足を運ぶのだろうか。


彼らと正面から向き合う立場にある南老師の目に、彼らはどのように映るのか。 また、僧侶として、彼らにどのように対峙すればよいのだろうか。このような他者とのやりとり、 経験を通して考えさせられる「宗教者の素質」とは? 気鋭の禅僧が、恐山で出会った他者との経験を語り、恐山という場所性を考察。 人はなぜ(この世に存在しない)霊魂を求めてしまうのか?恐山と霊魂のゆくえについて語っていただきました。  

     

大変な盛況で本堂に入れない人まで出た。300人以上来ていたと思う。       

「恐山」に一度でも行ったことがある人は確かに幽霊がでてきても可笑しくないそういう雰囲気いっぱいだ。       

でも、南さんはおっしゃる。「私が恐山の院代をして10年近くになるが、私が幽霊を見たことはたった1度もない。 幽霊らしきものを見たとか聞いたとかいう人の話しを聞いたことはあるが、私が見たことはない。」       

「もしも、恐山に幽霊やお化けがでるから、全国から多くの人が参拝するなら、 3年に一度、または5年に1度はきちんと出ていただかないと営業上大変困る(笑)」と会場を笑わせていた             

幽霊が出るから、「恐山」に多くの人がお参りに来るのではない。       

「恐山」の一大信仰地帯が、2年前の「 3.11」で大きな被害を被った東北太平洋岸のいわゆる被災地だった。 その年、ご住職は5月1日の開山を辞めようかどうしようか、大変悩んだそうだ。       

しかし、その初日に1人のご老人がお参りに来られた。聞いてみると震災で息子さんを亡くされたという。 そのご老人は恐山中のお地蔵様にお供え物をして、線香をあげ手を合わせて帰っていったという。 そして、その次の日も、その次の日も多くの震災被害者の人々がお参りに来たという。       

その度に、目の前で子供が流されたとか、愛する妻の手を離してしまったとか、 息子が残っていた自宅が流れていくのを眺めていただけでどうしようもなかった、などという壮絶な体験を話していくという。 そのような、理由もなく、どうしようもなんともし難い「死」に対して不安になったこころや無力感を抱えて「恐山」にやってくるという。 そして、お線香をあげたり、お供えをしたり、お経をあげたり、イタコさんにお話しを聴いていただいたりして帰っていくという。 人間は、どうしようもない「死」に対して理由が欲しい。でも、その理由がわからない。、、、 実はそんなものは無い。それこそが「無常」の本来の意味であると説く。       

お参りに来る人々のこころの中に、「死者」は「生者」とは別の形態で現前と「生きている」と言う。 だから、熱心にお参りに来るのだと。じゃなきゃ、「恐山」も1200年以上続かない。 その他、様々な質問にも快くバッサリ切っていただいた。有り難うございました。       


<プロフィール>

■南直哉 1985年長野生まれ。早稲田大学文学部卒業後、サラリーマンを経て、1984年曹洞宗で出家得度。 同年、福井県の大本山永平寺へ入門。2003年まで約20年の修行生活をおくる。 05年から青森恐山の院代(山主代理) 著書に『語る禅僧』『日常生活のなかの禅』『問いから始まる仏教』『老師と少年』『共著に『人は死ぬから生きられる』『やさしい禅入門』など。


合掌


平成二十五年二月

副住職      長 谷 川 俊 道