五木寛之さんの講演会を開催しました


五木寛之さんの講演会が9月3日に無事になんとか終了した。2年前に依頼していた講演会だったが、コロナの世界的流行のため2年間泣く泣く延期していた。3ヶ月前にチケットを再販したが、瞬間沸騰的に完売!あとで知ったことだが、五木さんのすべての講演会が中止になっており、当寺が初めての講演会だったらしい。遠くは佐賀県や三重県、名古屋や東京、仙台からも参加者がおられて私自身一番驚いた。

『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治賞を受けられ、代表作に『風の王国』『大河の一滴』など数多くの作品があり、最近ではニューヨークで発売された、英文版『TARIKI』は、2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門銅賞)に選ばれ、また2002年度の第50回菊池寛賞を受賞され、2004年には第38回仏教伝道文化賞、2010年に NHK放送文化賞、長編小説『親鸞』で第64回毎日出版文化賞を受賞されておられるさすが文壇の大御所だ。

今年、御年90歳になられたとは思えないお話しぶりと笑い、(昔は恋につまづき、今は段差につまづく)と笑いを誘っておられた。)深い内容で多くの方が満足されて帰られたと思う。ご講演の中で、五木さんが北朝鮮に捨てられ、命辛々逃げ延びる途中で、父と弟が亡くなり、お母様も病気を患ってお亡くなりになったお話しをされていた。

90歳になっても歯医者以外、一度も病院に行かずに、事務所のスタッフが送迎してくださったこともあったが、車から逃げ出したこともあるそうで、「なぜ、自分はそんなに病院嫌いなのか?」自分のこころの深層心理に、病院に行けずに亡くなった母親への無念や悔恨があるのではないかと自問しておられた。

僕も葬儀の場で、それを感じることがある。かけがえのない大切な人を失った悲しみやこころの痛みは、悔恨として、遺族のこころにずっ〜と遺る。それは、故人への想いが強ければ強いほど強烈になる。五木さんの場合は、「母親を医者に診せることができなかった無念と悔恨が、五木さんが極端に病院嫌いな理由ではないかと悟った。」と語っておられた。

でも、それも最近終了したそうだ。夢の中でお母様が、「寛之、もういいよ!」と仰られたそうだ。90年という長い歳月が、五木さんとお母様をお互いに「赦し赦される」関係にしたのかも知れない。

人間の悲しみは深く、いかんともし難いことも多い。そんなときは、「元気になるような曲」ではなく、「哀しい旋律の曲」が良いという。北朝鮮から逃げてきたとき、空腹で、暖房も冷房も、食料もない中、皆が唄を歌っていたという。
「唄には人間を元気する力」がある。

哀しいときに元気なテンポの早い唄を聴いても元気にならない。逆に「哀しい曲」が自分を元気にしたという。

僕も自分の書籍に書いたが、「人間は上にも成長するが、下にも成長することができる」と思う。「哀しみ」に浸りつづけることで人はまた、「元気」になることができる。

五木さんの講演会を聴かせていただき、本当に良かった。また、五木さんの書籍を読み返してみたいと思った。合掌